忍者ブログ
テレビ先生の隠れ家
カレンダー
08 2025/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
HN:
藍河 縹
性別:
女性
自己紹介:
極北市民病院の院長がとにかく好き。
原作・ドラマ問わず、スワンを溺愛。
桜宮サーガは単行本は基本読了済。
連載・短編はかなり怪しい。
眼鏡・白衣・変人は萌えの3種の神器。
雪国在住。大型犬と炭水化物が好き。
カウンター
バーコード
ブログ内検索
P R
忍者アナライズ
[286]  [285]  [284]  [283]  [282]  [280]  [279]  [278]  [277]  [276]  [275
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

タイトル、「今年の」ってつけた方が良いかも、ですが。
前の二つの話の続きで、現代時間軸、天ジュノのような、今世良のような。
あと、天城先生は完璧な人でなきゃ駄目って人は読まない方が良いかな。
桜開花に過剰反応して、桜写真沢山見て、やー、桜シーズンだねってなってるけど、実はうちの地元は開花すらまだっていうね。こないだ見たら、やっと蕾が出来たか出来ないかくらいだったよ…。日本って広いね。極北は更に遅いんだもんなぁ。

拍手[7回]


「はい」
 携帯の向こうから聞こえてきた寝起きの声に、世良は笑う。
「今中先生?あのさー、僕、暫く居ないから、院長代理宜しく~」
 電話の向こうの声は暫し沈黙した。まだ、良く頭が働いていないのだろう。
「……講演会か何かですか?」
「ううん。僕、今、モンテカルロだから」
「は?!」
 今度は確実に目の醒めた声。世良は笑いを噛み殺す。
「ちょっとした骨休めさ。国際電話、高くつくから切るよー」
「わ……!待ってください!あの……」
「何?」
「……帰って、来ますよね?」
 伺うような今中の声に、世良は絶句した。
「そうだねぇ。ふらっとどこかに行きたくならなければね」
 動揺を押し殺しながら、わざとのんびりした口調で言う。
「じゃあ、僕は忙しいから」
 何かを言おうとした今中の言葉を最後まで聞かずに、世良は通話終了ボタンを押した。問題は全くない。今中に言ってなかっただけで、角田や蟹江にはスケジュールも伝えてあるし、引継ぎも済ませてある。この電話だって、今中を驚かせようと思ってかけただけだ。そういえば、彼には、モンテカルロの秘密の隠れ家がどうの、などという話をしたことがあった。それと結びつけて不安になったのかも知れない。
 それとも……。そんなに自分の声は、不安定だっただろうか……?
 世良は思いを断ち切るように、携帯の電源を切った。
 そして、脇においておいた瓶を無造作に掴む。ジャケットの裾を使って、コルク栓を引く。ぽん、と小気味良い音がして気が抜ける。微かな芳香が立ち上った。オテル・エルミタージュのコンシェルジュが用意してくれた小型のケースを開けると、中には一組のフルートグラスが梱包されている。世良は溢れるほどに瓶の中身を注いだ。上品な泡がゆっくりと上昇する、仄かなピンク色の液体をそっとケースを台にしておく。
 そして、押し遣った先を見上げた。そこには立派な桜の樹がある。恐らく、モンテカルロ唯一の桜並木、その中心の一番大きな一本だ。かつて、エトワールと呼ばれた天才外科医が植えた桜の樹。植樹の際、維持費まできっちり込みで振り込んだらしく、地元の業者が今でもきちんと手入れをしてくれており、昼間は見に来る地元の住人も多いらしい。花見という習慣のないこの国では、夜も更けたこんな時間にアルコール持参で現れる人間は、自分くらいのようだが。
 手元のグラスにも注いで、もう一つに軽く当て、一気に煽る。喉を熱い塊が通り抜けた。
「ジュノ、情緒のない飲み方はやめないか」
 あの人なら、きっとそう言う。だが、こんな場所で素面で居られる訳がない。世良は重ねてグラスを空ける。
『私に、手術室から見える海を見せてください』――あのときは何一つ考えられなかった。無我夢中で送り続けた手紙。あの人の植えた桜が花開く様が見たかった。そして、それを愛おしそうに見つめるあの人が……。
 更に、一杯。
『本当にそうなるべき運命ならば、必ず道は開ける』――けれど、道は開けなかった。あの人は、自分の願いは叶わないだろうと言った。そして、一度は諦めた……のに、再び迎えに来いと言った。世良が願ったから。
『今、私の意志は、その振り子の動きに逆らっている』――あの人は、自分には見えていると言った。その人が天の啓示だと言ったのに……。その宿命に逆らわずにあのままモンテカルロに居たら、天城は名声を取り戻し、天寿を全うしたのではないのか。
 そんな詮無い想いが胸を占める。いや、詮無い思いだろうか?どんな逆風も跳ね返し、あらゆる逆境を覆したあの人が、あんなに簡単に命の灯火を消すなんて、有り得るだろうか?
 飲み干した液体は塩の味がした。
「僕が……、望んだ、から……」
 天に愛された人間は、それ故に、天に逆らったとき、苛酷な制裁を受けるものではないのか?無理矢理にでも、その動きを押し止めるために……。
「天城……先生は……」
 更に、シャンパンを注ごうとして、手が止まる。何時の間にか、瓶は空になっていた。
「何だよ、これくらいで……」
 世良は桜の樹に背を預けた。世界が回る。大きく溜め息を吐いた。
「ねえ、天城先生。本当は、どうなんですかぁ……?」
 耳を澄まして遠い声を聞こうとしているうちに、意識がふわりと蕩け始めた。


 くしゃりと頭が撫でられた。天城の手だ。情事の後、天城はよくこうして世良の髪に触れた。あの、長くて綺麗な指先に弄ばれているのはとても幸せで心地よかった。しかし、何だか凄く眠くて、世良は為すがままになる。
「全く……、ジュノは他人が運転しているというのに、遠慮なしだな」
 つい、と髪を引かれ、申し訳ないとは思うが、起きたくないので世良は聞こえない振りをする。
「しかし、久々に噛み付かれたな」
 ――何のことですか?
 苦笑混じりの天城の問いかけに答えようとしたが、言葉は出ない。天城は世良が熟睡していると思っているのか、気にせず続けた。
「私は、ジュノが思っているほど完璧な人間ではない。なのに、ジュノが買いかぶるから、こうして何でも見えるかのように振舞ってしまう」
 ――ジュノの所為だ。
 再び引かれた髪に、それの何処が俺の所為なんですか?!と世良は内心で反論する。
「ジュノは、ちゃんと資料を集めて、調べて探せと言ったな?」
 ――これは、この記憶は……。
「この程度のことにそんなことをする必要はない。上手くいけば、引き返しても求めるものの代わりをを見つけることくらいは出来るだろう。だが……」
 そこで天城は一度言葉を切った。暫く続いた沈黙に、世良が不安になって、顔を上げようとしたとき。
「ジュノと行く道の先に、私がそこまでしても叶えたい願いはあるのかも知れない」
 天城がやっと口を開いた。
「もしもだ、ジュノ」
 その切実な響きに、世良は動きを止め息を潜める。
「そのときの私の姿が、どんなに無様で見っとも無くて情けなくても、ジュノは今と変わらず、私の傍に居てくれるか?」
 世良は言葉を失った。何時だって自信たっぷりで、何もかもを見通している天城の、孤独で気弱な一面に触れて戸惑った。だが、迷いは一瞬だった。
 ――勿論です。何があっても、俺は天城先生を一人にはしません!
 真っ直ぐに天城を見据えて、きっぱりと宣言したつもりだったのだが……。
「ん……、……まぎ、せんせ……」
 酒の所為だろうか。上手く口が動かず、回りきらない舌で、やっとそれだけが言葉になった。身体に至っては、顔すら上げられていない。あんなに飲まなきゃ良かったと激しく後悔し、どうしようかと思った瞬間。天城がいきなり吹き出した。
「全く……、ジュノは本当に……」
 最早、ぐしゃぐしゃというレベルで髪が撫でられ、天城はくすくすと笑い続ける。吐息がかかりそうなほどに顔が近づいた気配に、世良ははっとした。
「やめてください!何してるんですか?!」
 不思議にすんなりと声が出た。
「ジュノの髪から、昨日の桜の匂いがするんだ」
「天城先生だって同じ匂いですよ!同じ風呂に入ってるんですから!!!」
「そうか?」
 ――あれ?
 ふと引っかかった。こんな遣り取り、何処かで……。
 息を飲んだと同時に、目が覚めた。


「ん……」
 真っ先に自覚したのは寒さだった。身体の芯まで冷え切っている気がする。
「あれは、夢……。っていうか、ん?どんな夢だっけ?」
 凄く温かくて、幸せな気持ちの余韻はまだ胸の辺りにある気がするのに。夢の痕跡はもう、何処にもなかった。
「あ……」
 身体を起こすと、滴が落ちた。頬に触れて、言葉を失う。指先が濡れて、月明かりに光っていた。
「会いに来て……くれたんですか……?」
 そんな記憶の断片は何処にもない。けれど。激しい後悔と痛みと焦燥感は拭い去られたように消え、温かな安堵と甘やかさと幸福感だけが胸を満たしている。こんな気持ちになっているなら、さっきまで見ていた夢はきっと……。
「天城先生……」
 あの人がまだ、傍に居た頃。決して届かない、その事実に打ちのめされながら、それでも、そこにある記憶は今も世良を支える軸だ。
 ゆっくりと身体を起こす。まさか、モンテカルロに行って、酔って外で眠って、風邪をひいたとも言えない。時間を確認しようと携帯の電源を入れて、着信数に驚いた。
「一応、国際電話なんだけどなぁ」
 まあ、繋がらないなら、同じことだが。
 世良は一番上の番号を選んでかけ直す。
「せ、世良先生?!今、何処ですか?!」
 ワンコール目の途中で繋がった声は、想像通り、切羽詰った響きで尋ねてきた。
「だから、モンテカルロだってば。こっちは夜なんだけど」
「あ、ああ。そうですね……、すみません……」
 何だか、気の毒にも聞こえるしょぼくれた様子に、世良はゆっくりと区切るように言う。
「明日、帰るよ」
「え?!でも、さっき、着いたばっかりなんじゃ……」
「もう十分。でも……」
 受話器の向こうで、微かに息を飲む気配がした。
「夏も来たい。秋も。冬も」
 するりと言葉が出た。
「何言ってるんですか。旅費がどれくらいかかると……」
「だって、見たいんだよ」
「え?」
「夏の若葉も、秋の落葉も、冬の枯れ木も」
 ――ああ、そうなんだ。
 言いながら、世良は大きく頷く。
 夢の中で伝えられなかった言葉は――
「世良先生、何の話してるんですか?」
「どんな姿でも愛せるかって話」
「いや、全然、分かりません」
 電話の向こうが困り果てているのが可笑しくて、世良は声を出して笑う。
「今中先生が後5歳くらい若くてイケメンでも、今と変わらず愛してあげるよ♪」
「あの……、世良先生。もしかして、酔ってます?」
「ご名答。ピンク・シャンパン1本開けちゃったー」
「だ、大丈夫なんですか?!気持ちとか、悪くないですか?」
「最高の気分」
 桜に抱かれて、あの人の夢を見た。満たされる温かい夢を。
 目蓋に残る酔いの残滓。もしかしたら、今のこの会話や気持ちすら、明日の朝には解けるように消え去っているのかも知れないけど。
 それでも、変わることのないものが、ただ一つ――
「此処に、あるから」
 あの人に託され、今尚、静かに燃え続けるその輝きが。
 世良は、澄んだ空気を飲み込み、ゆっくりと立ち上がった。


世良ちゃんはこの時期は毎年モンテカルロに行ってると良いなぁ、と思ったけど、この話の終わり方だと矛盾しますね。まあ、「この時期」ってのは、桜の開花時期というより命日に合わせて、ってことになるんだろうけど。天城先生の桜並木はオールシーズン愛しいのです。
天城先生は、たまにはこれくらい凡人でも良いかな、とか。
PR
忍者ブログ [PR]