テレビ先生の隠れ家
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プロフィール
HN:
藍河 縹
性別:
女性
自己紹介:
極北市民病院の院長がとにかく好き。
原作・ドラマ問わず、スワンを溺愛。
桜宮サーガは単行本は基本読了済。
連載・短編はかなり怪しい。
眼鏡・白衣・変人は萌えの3種の神器。
雪国在住。大型犬と炭水化物が好き。
原作・ドラマ問わず、スワンを溺愛。
桜宮サーガは単行本は基本読了済。
連載・短編はかなり怪しい。
眼鏡・白衣・変人は萌えの3種の神器。
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極北市役所の加藤課長が去った後、世良はドクタージェット・トライアルの資料に再び目を落としていた。
「それにしても皮肉なものだな。ドクタージェットの行き先があの島だとは」
その指摘に、今中はスケジュール表を手に取る。
「オホーツクの真珠、神威島」
――それが今、海の向こうに見えている。
世良の言い方に疑問を持った今中が質問すると、彼は問われるままに出身大学のことを口にした。そして、続いたエピソードに今中は思わず、辺りを見渡した。
「昔、僕の故郷に、さくらの樹を植えようとした人がいた」
――天城先生のことだ……!!
それは直感だった。
確認しようと、天城の姿を探す。
だが、何処に行ったのか、いつも二人の付近をうろうろしている彼の姿は見えなかった。
「そのさくらの樹は、花開くことはなかった」
その過去が、今も世良の心に暗い影を落とし続けている。
『可愛いジュノ』を『孤独な再建請負人』に変えてしまった物語――
「生き抜くこと、僕の存在を知らしめること。それがさくらの樹を枯らした連中への最大の復讐になる。そう思い続けてきた」
復讐のために自らの存在を捧げる――
ああ、そうか、と今中は悟る。
――ジュノは今、目も耳も塞いで一人の世界に生きている。
復讐という最終的な目的だけを目指している自分には、他人の言葉など必要ないと。苦難すら、その目的へ達する道だと。
そして、それこそが自分の運命なのだと――
今中は、必死に言葉を探す。
その間にも、世良は物語を続けた。
「新しい運命が到着した。僕を新たな苛酷な運命へと導く、天空からの使徒だろう」
真っ直ぐな目が今中を見据える。
「神威島には神がいる。今、僕が神威島に招かれたのは、抗いがたい運命なのかも知れない」
「世良先生は、運命とは闘わないんですか」
――自分の出来ることをして、自分のために生きていけ。
天城はそう伝えたと言った。
彼は、世良が復讐することなど望んではいない。
なのに、世良は『運命』という言葉で全てを割り切り、その只中に身を置き続けている。
今中の問いかけに答える世良の笑みは、悲しくなるほどに歪んだものだった。
「僕は運命に抗ったことなど、一度もない。いつも運命に流されるままに生きてきた。そして今、運命が命じるまま、こうしてオホーツクの暗い海を見ている」
――届かない、と今中は歯噛みした。
今中では、世良の心の闇を振り払うことは出来ない。
天城先生は何処に居るんだ……?!
世良を桜の呪縛から解き放てるのは自分だけだと豪語していた癖に――
そうして振り返った今中の目に映ったのは、天城とは似ても似つかない、小柄な女性のシルエットだった。
「そして運命は、いつも僕には残酷だ」
世良の視線を再び闇が彩る。花房は固まったまま、世良を凝視している。そして、今中はその間で、ざわつく思いを抱えていた。
世良が恩師だと紹介した久世医師は、穏やかな口調でありながら、柔らかい言葉で諭すように世良を言いくるめてしまう不思議な雰囲気を持っていた。会った瞬間から、世良は彼に飲まれていたが、それを心地良さそうに受け入れているようにも見えた。
「まず、施設を見学してもらおうかな」
久世が言い、今中と世良も頷く。
そこで今中が見たのは、診療所に導入されている最新鋭の診断機器だった。思わず、理由を尋ねる。
「なーんもありゃせんよ」
久世の返事はあっさりとしたものだった。何でも、役場に診療所の状況を理解してくれる若手が居るらしい。
今中は、極北市役所の加藤課長を思い出す。
「役場の人材に恵まれるなんて、幸運ですね」
世良も同じことを考えていたのか、そんな言葉で答えた。しかし、久世は苦笑するように笑って、やんわりと世良の言葉を否定した。それにムキになって答える世良は、何だか、学校の先生に懸命に自分の正しさを訴える子供のように見えた。
「世良君は相変わらず性急だね。悲壮感のオーラに包まれているよ。それでは他人が助けてあげようという気持ちになりにくいだろうね」
「そんなことはないです。もともと僕は人材に恵まれない運命なんです」
決して押し付けがましくはないのに、その言葉には相手を頷かせる説得力がある。世良は果敢に言い返しているが、久世はそれを物ともしていなかった。
「ほら、その認識は間違ってる。そんな風に言うほど、世良君の運命は安っぽくはあるまい」
まるで浸透するように久世の言葉が伝わってくる。
何時しか、今中は頷きながら聞いていた。
「世良君がここを去って、自分の右腕を得るまで十数年、ひたすら待ち続けた。君がうらやむ私の環境なんて、そんなもんだよ」
その久世の瞳が不意に今中を捕らえる。
「世良先生には立派な右腕がいる。それだけで素晴らしいじゃないか」
世良の目が一瞬、今中の姿を映す。
一笑に伏されるのだろうな、と今中は思った。
彼が自分のことをそんなに重要視している訳がない。
「まあ、それはその通りですけど」
今中はその答えに耳を疑う。
「相変わらずだね、世良君。『ケド』という口癖はなかなか取れないねえ」
久世は可笑しそうに笑った。
世良がバツが悪そうに話題を変えるのを、今中はぼんやりと見ていた。
その日は、ドクタージェット・トライアルどころではなくなった。
パイロットが急な腹痛を訴え、20年近くも手術をしていないこの診療所で突然、手術を行うことになったのだ。
それは不思議な体験だった。
万一、病変部を発見できなければ、患者の命を危機に陥れる可能性の高いリスキーな手術。
だが、久世はあっさりと開腹を決断し、今中と世良は操られるようにその言葉に従った。そして、無事にネッツの捻転を発見することが出来た。
後藤と交代で一晩、患者の術後経過を見守っていた今中は、不意に誰かに呼ばれた気がして顔を上げた。
陽気で快活な、良く通る声。
「全く、何してたんですか?昨日は大変だったんです、よ」
中座して廊下に出た今中は、天城に向かって呼びかける。だが、ふと違和感を感じて、語尾が掠れた。
気の所為か、天城のシルエットが透けているような気がする。
「やあ、ヌヌルス君。最後にお礼を言いに来たよ」
「最後って……?」
ぞくん、と身体が冷えた気がした。悪い予感が背筋を上っていく。
「そんな顔をするな。私は賭場の報酬・干渉の権利を行使した。ならば、この仮初めの幻影が失われるのは当然のことだろう」
現世へ干渉する権利――そうだった、それを行使したとは、つまり。
「ジュノに、届いた」
「何時ですか?!」
「さっきだ。一人で庭を歩いていたところに話しかけた。ジュノは変わらないな。昔から、迷ったときにはいつも、寒がりな仔犬のような顔をしてその辺をうろつくんだ」
天城の目が愛おしそうに細められた。
「世良先生は……」
「迷いが晴れたのだろうな。久世先生といったか、あの御仁は出来た人間だな」
今中は、久世の柔らかい笑顔を思い出す。
「ヌヌルス君にも感謝している。ジュノに届く言葉をかけたのはあの人だが、それは君がジュノの傍に居たからこそ、説得力を持つことが出来たのだろう」
「そんな、私なんか、全然……」
世良は確かにあのとき、今中に過去を曝してくれた。
けれど、今中はその世良の思いを変えることなど出来なかった。
「ジュノを桜の呪縛から解けるのは私だけだと言っただろう。だが、君に出来ることもきっとある」
「天城先生……」
天城は誘うように、庭へと足を踏み出した。今中も続く。
「ジュノを頼む」
その言葉と同時に、天城の姿は掻き消えるように消えた。
今中は息を飲んだ。
不意に、その向こうの光景が目に飛び込んでくる。
そこには世良と久世の姿があった。
久世が何事かを伝えると、世良は深々と腰を折った。その口元は、溢れる感情に耐えるように引き結ばれていた。
――ジュノを頼む。
耳通りの良い声がもう一度響いた気がした。
今中は小さく頷くと、再び、二人の姿へと目を戻す。
快晴の空の彼方から、ヘリコプターの羽音が聞こえてきた。
最初は此処までにしようかな、と思っていたのですが、+αでネタを思いついたので、もうちょっと続きます。
駄目でない方はお付き合いいただけると嬉しいです。
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