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テレビ先生の隠れ家
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プロフィール
HN:
藍河 縹
性別:
女性
自己紹介:
極北市民病院の院長がとにかく好き。
原作・ドラマ問わず、スワンを溺愛。
桜宮サーガは単行本は基本読了済。
連載・短編はかなり怪しい。
眼鏡・白衣・変人は萌えの3種の神器。
雪国在住。大型犬と炭水化物が好き。
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間空きましたが、中編です。漸く、天城先生登場。ちょっこら、不思議なことになっております。

拍手[2回]



「うん……」
 ソファで身動ぎした世良は、寝心地の悪さに顔を顰めた。起き抜けのぼんやりした頭で、もしかして床に落ちてるのかな、などと考える。
 何しろ、世良が使っているソファは、天城がスリジエ・ハートセンターを創ったとき、センター長室の海側の壁一面に広がる窓を見るなり、「此処にソファを置こう。色は青が良い。海よりも青い色だ」という一言で、値段交渉の一つもなく決めた特注品だ。
 当初は、そんな色で落ち着くものかと思ったが、窓の景色とのコントラストは美しく、やがてその色を見ないと仕事場に来た気がしないようになり、結局、20年近く経った今でもそのまま使っている。しかも、天城が去った数年後に、学生時代から世話になっていた下宿が取り壊されるのを契機に引っ越した、辛うじてマンションと呼べるような古い部屋にある、ホームセンターで纏め売りされていた一人暮らし用家具の格安のベッドより遥かに寝心地は良い。忙しさも相俟って、センター長室に寝泊りしていることの方が多い生活だった。
 年を取っても、このソファで身体が痛くなることなんてなかったのに、と鈍痛を訴える肩と背中を起こす。幸い、ソファから落ちては居なかった。
 しかし、一番に視界に飛び込んだのは、鮮やかな深い青色ではなく、くすんだ茶色だった。付いた腕を押し返すスプリングは、何処までも鈍く固い。
 ――何処だ、此処……?!
 一気に目が覚めた。
 あちこち剥げた床のタイル。薄汚れ、染みのこびり付いた壁。錆びた本棚と、積み上げられた段ボールからはみ出す黄ばんだ書類。見ているだけで気分まで重くするような古くうっそうとしたカーテン。埃を被った、前任者の私物と思しきがらくたの入った箱――
「……あれ?僕、何言ってるんだ?」
 此処は、極北市民病院の院長室だ。
 就任して、既に2年。
 医者になってからの連続滞在期間は最長記録だ。
 良く続いたものだ。
 東城大だって、院外での研修期間を除けば、そんなに長くは……。
「待った……、待った。え……?」
 スリジエ・ハートセンターが出来て、そこに所属するようになって20年。
 3年前にセンター長代理の肩書きを手に入れて、一層身を入れて働くようになった。
 そうだ、昨日だって、高階病院長と小児心臓外科部門を創る件で一悶着あって――
 けれど、目の前に広がる光景は、どう考えても現実だ。
 そして、世良の記憶は、はっきりとこの病院に来た初日から今日までのことを思い描ける。
「スリジエは夢だってのか……。嘘だろ……」
 20年分の記憶は確かにある。
 高級マンションのショールームみたいなセンター長室も、初めて入った外科医が一様に目を丸くする海の見える手術室も、ロビーにあるグラン・カジノの天井画を模したという宗教画も、世界的に名立たる建築家がその土地の発した声を聞いて設計したなどと少々電波な逸話もある病院には異例過ぎる外観も。
 あれが夢なら、今目の前にあるこの部屋すら現実だなんて信じられない。
 高階の「まだまだですね」と笑う顔、桐生の重ね合った熱い掌、今中の電話の向こうから聞こえる人の良さそうな声。そして、数日以内には電話しようと決めたあの人の、年甲斐もない子供みたいな我が儘といったら――
 背を脂汗が伝った。
 ――待て。待て、待て……!
 そんな訳ない。そんな訳ないだろ……。
 スリジエは出来たんだ。
 あの人は、今はモンテカルロでカジノ三昧の日々に戻って、こんなに一生懸命に花守をしている僕に文句ばかり言って……。
『天城先生は幸せ者だ。満足だろう。自らの植えた木が花を咲かせ、最大の理解者にして後継者がそれを守っている。人の生において、それ以上に望むことなど有り得ない』
 ――……?!
 頭を掠めたものに怖気が来た。
 白い墓標――
 たった一人で泣き続けたエルミタージュのエキストラ・スイートのソファと、誰も居なくなった朝日の差し込むグラン・カジノ……。
 かたかたと耳元で音がして、何かと思ったら、自分の歯の根が合わずに震える音だった。
「う……、うあああぁぁぁーっっっ!!!」
 浮かんだ光景を振り払うように、縺れる足をどうにか動かして、半ば転がるように廊下に飛び出す。何処に行く訳でもない。ただ、じっとして居られなかった。立ち止まって今の自分のことを考える度に、スリジエの記憶が同じだけ溢れて零れていくような気がした。
 自動ドアの脇の通用口を開けようとしたが、古くなって少し癖のあるロックが上手く外せず、がしゃがしゃと何回もドアのノブを回してはしくじった。漸く開いたドアの隙間からは、白衣を1枚羽織っただけの軽装に、染み込むような冷気が入り込んで来る。
 何時の間にか、汗だくになっていた身体が急速に冷え、強い現実感を主張した。
「せん、せ……」
 凍えて、しまう――
 胸の中に穴が開いたような喪失感は、幾度も幾度も味わってきた。
 その度に、思う。
 ――これは本当に現実なのか……。
 こんなに痛くて辛い感情があって、こんなに残酷なことが起こるなど有り得るのだろうか?
 けれど、幾ら否定しても事実は厳然とそこにあり、世良の思いなどとは関わりなく、独りの時間は積み重なっていく。
 ――何で、僕は生きてるんだ……。
 深い絶望を抱えて、圧倒的な喪失感を拭えないままなのに、身体が動いているのがとても不思議だ。
 ――このまま意識を失って、もう二度と目が覚めなければ良いのに……。
 身を苛み続ける罪の意識と、決して終わらない孤独。そして、突き上げるような衝動に震える。
「会いたいです、天城先生……」
 あんな荒唐無稽な夢だとしても、どうして自分はもっと彼に会おうとしなかったのだろう?
 いや、そもそも、全ての始まり、救急部創設の話が持ち上がったあの瞬間、彼の味方でいるのを選び取ることが何故出来なかったのか――
 疾うに枯れたと思っていた涙が頬を伝って落ちた。
 望んで望んで、なのに決して届かない理想の世界を見せられるなんて、何て残酷な夢だろう。
 ――戻りたい、夢の中に……。
 そして、ずっとその中で暮らせたら――
 宛てもなく歩いていた世良は、不意に足を止めた。何時の間にか、裏山の手前まで歩いてきていた。そこにあるものに、世良は茫然とする。
 かつて、異国で見た夢のような光景。忘れもしない、薄紅の綻びかけた花弁。
 そこに、何よりもその花を愛したあの人の姿がないことが、途轍もなく哀しかった――


 がくりと項垂れたとき、闇の中でびくりと筋肉の動く感覚があって、不意に目が覚めた。毛足が長めの絨毯が敷いてあるとはいえ、床に転がっていたことに驚き、慌てて飛び起きて、手探りで乱暴にライトのリモコンを探す。机の上にはなく、ソファの方に移動した。その途中で、床に散らかっていた書類を蹴り付けて崩してしまい、舌打ちする。
 眩しい光源に目細めながら、懸命に自分の居る部屋を確認した。
 ……部屋?部屋だ。
 北の大地の、春だというのに防寒具なしでは震えが来るような冷え込みはなくなっていた。首筋をぐっしょりと濡らす汗が気持ち悪い。
 虚空に目を凝らすと、深い闇の向こうに、ぽつりぽつりと灯りが見える。どうやら、カーテンを閉めるのを忘れて寝入ってしまったようだ。
 海岸に点る光が照らし出す場所には漆黒の海。
 その間を隔てる硝子は、創設者が後先考えずにこんなデザインにした所為で、冬場は近付く度に外気の冷たさをダイレクトに受けることになり、昨年、断熱性の高いものに変えたばかりだ。
 そこに映る自分は、酷く情けない顔をしていた。僅かに肩を上下させている。部屋を満たす明かりを何だか妙に場違いに感じた。気持ちがまだ何処かに残っているようだ。硝子に映った自分が胸元を握り締めると、手の平に熱を感じた。空洞になっていてもおかしくないと思ったが、ちゃんと身体は存在しているようだ。それでも、何かが足りない――
「先生……。先生、先生……」
 これが現実だと分かっているのに。
 早く、埋めないと。胸の穴から、この世界が、スリジエの思い出が零れ落ちていくような気がする。北の大地。寂れた病院。あの人の居ない桜の木陰――
 ソファの上に転がる携帯を拾い上げる。震える指先で、一番上のアドレスを選択した。
『――どうした、ジュノ?言い忘れたことでもあったのか?』
 声を聞いた途端、涙が溢れた。あれは夢でこれが現実だ、間違いない。
「せん、せ……」
 何でもないと言おうとしたが、口から漏れたのは言葉とも判別出来ないような掠れた音だった。
 彼の声を聞いたと同時に、空っぽだった胸の中が一気にいっぱいになって溢れてしまったようだ。
『また、怖い夢でも見たのか?』
 溢れる感情を抑えるのに必死になっている世良に、天城は事も無げに言った。
 『怖い夢』という単語に誘発され、またも、冷え切った世界がフラッシュバックする。
『悪夢は他人に話した方が良いらしいぞ。聞いてやるから、話してみると良い』
 何時になく、優しい声だ。背中を押されたように、世良は口を開く。
「……先生が……」
 ――居ない世界の夢……。
 再び、カタカタと歯が鳴った。
 今、耳元で聞こえている声は本物なのか、確かめたいのに尋ねる勇気が出ず、世良は携帯を握り締める。
『私が死んだ後の夢、か?』
 あっさり吐かれた衝撃的な発言に、世良は動揺を隠すことも出来ずに息を飲んだ。
「え、縁起でもないこと、言わないで下さい……!」
『そうは言っても、これで3度目だ。いい加減慣れるさ』
 一瞬、意味が分からなかった。
 そういえば、自分の気持ちでいっぱいで流していたが、先程から天城が『言い忘れた』だの『また』だのと言っていたことに気付く。
『忘れたのか?去年のちょうど今頃、今みたいに泣きながら電話してきただろう。そろそろ日本では桜が咲く頃だと思ったから、良く覚えている』
「去年……?あ……」
 言われると、直ぐに思い出せた。むしろ、何で忘れていたのかと思うほどだ。あのとき見た夢も、全く同じだった。真夜中に飛び起きた世良は、夢中で天城に電話して、泣きながら夢の中味を問われるままに語った。
『私の名を何度も呼んで――たまには弱っているジュノも良いものだと思ったが』
「うわ……!もう、忘れて下さい!!」
 更に会話まで再現しかける天城を大声で遮っているうちに、感傷的な気持ちは何処かに消えてしまった。
「……でも、3度目ってどういうことですか?」
『ほんのついさっき、『ジュノ』から電話があったんだ。『本当に、天城先生は生きてるんですか?!』とね』
「僕は、電話なんて……」
 たった今、目が覚めて直ぐに電話をしたのだから、そんなはずはない。大体、天城に連絡を取ったの自体、数ヶ月振りなのだ。
『ああ、話していても分かったさ。あれは『ジュノ』じゃない。だが、そんなこともあるんじゃないか。ジュノが、私が死んだ世界で北の病院に居たなら、その北の病院のジュノがスリジエに居ることがあっても良いはずだろう』
「そんな無茶苦茶な……」
 言いかけた世良は、言葉を続けられなかった。携帯の履歴の一番上にあった天城の名前。床に散乱した書類。片付けるのが苦手で良く秘書に小言を言われるが、昨晩、まるで何かを探したかのようにバラ撒いた記憶は全くない。
『そうだ、ジュノ』
 茫然と部屋を見回していた世良を、天城が呼んだ。
『そろそろ、日本の桜が見たい。来年、花が咲く前に、私を迎えに来てくれ』
「はい……」
 思いがけない申し出に、世良は茫然としたまま頷いた。
 まるで、高階の差配を知っているかのようだ。
『珍しいな。何時もは直ぐに、スリジエを放って行ける訳がない、とか言うのに』
「分かってるなら、無理言わないで下さい!……っていうか、高階先生に何か言われたんですか?」
『クイーンに?確かに、先日電話はしたが……』
「あ、そうだ!高階先生に変な話しないで下さい。その所為で大変だったんですから!」
 思い出して、一通り苦情を述べてから、世良は今日あったことを話す。桐生の名を出すと、天城は電話の向こうでも分かるほどに弾んだ声になった。
「彼のことなら知っている。ミヒャエルが事ある毎に『キョウはナチュラル・ギフトだ。アマギには感謝しないといけない』と言うからな。メスを置いていたとは知らなかったが」
「来年度からはスリジエのスタッフです。当面は小児心臓外科部門の立ち上げを中心に動いてもらいますが、いずれは現場指導を中心に指揮権を持ってもらいたいと思ってます」
「それは良いな」
 ――世良君に何かがあったくらいで、日本の医療の希望が潰える訳にはいかない。君を追い落とす者なんて、もう居ない。役割を分かつことを覚えるんだ。
 天城の答えに胸がざわりとしたところで、高階の言葉が蘇る。理屈は分かっているのに、気持ちが付いていかない。
 ――渡したくない……。
 自分が居なくてもスリジエが回るなんて考えたくもない。心血を注ぎ続けた、あの医療施設は世良の人生そのものだった。
「ジュノ」
「何ですか?」
 天城が柔らかく、その呼び名を発した。数ヶ月振りに聞こえる声は甘くまろやかで、そんなもので誤魔化されるものかと思うのに、ささくれ立った気持ちが凪いでしまう。結局、今も自分はこの男に手綱を握られたままなのだろう。世良は観念する。東城大に居並ぶ上司達の中から彼を選んだあの瞬間から、ずっと――
「一段落ついたら二人で旅をしよう。ジュノが守ってきたものが外からはどんな風に見えるか、花はどんな風に咲いているのか、ジュノに見せたい」
 思いがけない提案に、世良は言葉を失う。
「……お供しますけど、あんまり長くは行けませんよ」
「また、スリジエか。ジュノは、仕事と私とどっちが大事なんだ?」
「だから、何なんですか、その面倒臭い彼女みたいな質問?!僕はただ……!」
 耐えられずツッコんだら、携帯の向こうでくつくつと喉を鳴らす音が響いた。
「知ってるさ。ジュノは、私が創ったスリジエだから守りたいんだろう――違うか?」
 世良は言葉を失う。
「違いません、けど……」
「けど?」
「知ってるなら、わざわざ言わなくても良いと思うんですが……」
 愛の言葉は何時だって聞きたいものだろう、と笑う天城に、世良は微かに火照った頬を誤魔化すように大きな溜め息を吐いた。


前編に書き忘れましたが、例によって、美和ちゃんは何処へやら状態です。まあ、このサイトに世良花求めて来られる方なんて居ないと思うので良いでしょうが。スリジエ出来た辺りから仕事一色になっちゃって破局した、くらいのイメージで(酷)オレンジで師長やってるのは知ってるけど、殆んど会うこともない感じ。
あと、天城先生、もう結構良い年だよね…。今回は電話だけでしたが、全然変わってない見た目で考えてます。ほら、あの人、桜の精だからwww
ハピエン展開だったら、世良ちゃんは、初めて自分の居場所になったスリジエを物凄く大事にしてるんじゃないかって思ってます。ホント、これまで何処にも所属仕切れなかった子だから…。何処かのパラレル世界の一つに、こんな未来があると良いなって。
この場合は、極北の院長とは違う強さを身に付けてるんだろうなと思います。守るものがあるから強くなったっていう正統派主人公風に、歩兵から全パラメータ平等に上げてった感じ。院長は、変則パラメータだけ偏って上げてて(防御力とか弱そう…)、HPゼロになっても戦闘不能にならない、というか、痛覚麻痺気味で実質体力は倍あるみたいなトリッキーキャラ――つーか、ゲームされない方すみません…。
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