テレビ先生の隠れ家
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プロフィール
HN:
藍河 縹
性別:
女性
自己紹介:
極北市民病院の院長がとにかく好き。
原作・ドラマ問わず、スワンを溺愛。
桜宮サーガは単行本は基本読了済。
連載・短編はかなり怪しい。
眼鏡・白衣・変人は萌えの3種の神器。
雪国在住。大型犬と炭水化物が好き。
原作・ドラマ問わず、スワンを溺愛。
桜宮サーガは単行本は基本読了済。
連載・短編はかなり怪しい。
眼鏡・白衣・変人は萌えの3種の神器。
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「世良先生、お帰りなさい。お茶如何ですか?」
「皆もお疲れ様。折角だからいただこうか」
出張から戻った世良が事務室前を通りかかると、スタッフが一堂に会しているのに遭遇した。
と言っても、全職員4人が、恒例のお茶の時間を過ごしているだけなのだが。
「院長先生、お菓子もどうぞ。小松キクさんが道南の方に旅行に行って、お土産を買って来て下さったんですよ」
「へえ。キクさんは元気だなぁ」
角田が指した机の上には、黒い小箱が載っていた。
白い字で「玉兎」と書かれたそれは、シックなデザインでとても上品に見えた。
「キクさんらしいなぁ」
我慢強くて、いつもしゃんと背筋を伸ばしているお婆ちゃんの姿を思い浮かべながら、世良は蓋を開く。中は5個の丸い砂糖菓子がぐるりと回るように入っていて、そのうちの4個は既に空いていた。
手の平に載せて見ると、表面に小さなでこぼこがあって、耳を模しているのが分かる。成程、兎だ。
「地元では有名な神社のものらしくて、口に入れて溶ける前にお願い事をすると叶うんだそうですよ」
「今中先生に良い人が出来ますように、ってお祈りしてたところだったんです」
佐竹の説明にすかさず角田が口を挟む。
「良いねぇ。じゃあ、僕もそれでいこうか」
「世良先生まで。勘弁して下さいよー」
今中の情けない声に、笑いが起こる。楽しげに目配せし合う仲間達の姿に、世良は目を細めた。
――こんな風に、ずっとやっていけたら良いなぁ。
手の平の菓子を少し緩んだ口元に放り込んだ瞬間、今中が言った。
「そういえば、もう向こうでは桜が満開だったって言ってましたね」
「やっと、春が来るのねぇ」
嬉しそうに頷き合うスタッフ達の声が遠くなった。
――桜……。
日本人の愛して止まないその花を思い浮かべるとき、いつもそれに対になるように脳裏に浮かぶ影がある。
そして、そこには二度と辿り着けないことも、知り過ぎるくらい痛感している。
――もう、一度だけ……。
「世良先生?」
「真剣な顔で、どんなお願いですの?」
覗き込むような今中の表情に我に返った。
角田の甲高い声にすら、少しばかり労わるような響きが含まれている。
「いや……、来年はレントゲン検査くらいは出来る予算が組まれると良いよね、とかさ」
咄嗟に思い付いた出任せを言うと、「まあ、院長先生は何時も患者さんのことを考えていらっしゃるんですわねぇ」と角田が同意してくれたのを機に、お茶を飲み干した。
「それじゃ、僕は遣り残してる仕事があるから。何か、用があったら声をかけて」
呼び止める声はなかった。
それを有り難いと思いながら、世良は病院メンバーに背を向ける。
他愛ない遊びに、本気の願いを懸けてしまった自分の愚かしさに嫌気が差して仕方なかった。
――何だか、嫌な夢を見た気がした。
きっと、このベッドの所為だ。
余り広くはないが、やたらとふかふかしていて、余りにも分不相応。
こんなものを使っているから、思い出したくないものまで掘り返してしまうんだ……。
寝起きでぼんやりした頭のまま、こびり付いた不機嫌の余韻を引きずりながら身体を起こして茫然とした。
――何処だ、此処?!
そこに広がるのは、見覚えのない光景だった。
出張でホテルに泊まることは多々ある。
けれど、経費は殆んど自腹だし、別に不便も感じないから、安いビジネスホテル、場合によっては、カプセルホテルというのもザラなのに。
上質なその設えは、何時か、遠い異国で過ごした最上級の部屋を思わせた。
――けど、これって、見た感じ、オフィスだよなぁ……。
世良が寝ていたのは、ベッドではなく、ソファだった。小さなナイトランプの灯りに落とされ、毛布までしっかり用意されて、寝る準備は万端になっているが、部屋の中央に置かれた、どっしりした机も、ぎっしりと本の詰め込まれた本棚も、到底寝室には見えない。少々雑然としている雰囲気はあるが、かなりの大病院の院長室レベルの部屋に違いない。
そして、何より目を引いたのは、壁の一面に広がる窓だった。深夜なのか、暗くて良く見えないが、遥か階下で広々とした海が細波を立てていた。
世良の知る限り、こんな建物を創ってしまうような人物は一人しか居ない。
「天城先生……」
思わず、声が漏れた。
その瞬間、はっとする。
――あれ……。何言ってるんだ、僕?
此処は、スリジエ・ハートセンターだ。
創設者は、天城雪彦総帥。
20年前、東城大学付属病院病院長・佐伯清剛に招聘され、上層部の反対を押し切り、奇跡の手術と共に不可能を悉く覆した革命児――
「え、でも……」
脳裏に閃く残像。桜の下から消えた男。
押し迫る花の盛りから逃げ続ける、愚かな歩兵……。
「痛っ……」
知らず、握り締めていた手の平に爪が食い込んでいた。確かな痛みに、一瞬ぞっとした。人智を超える何かに触れるとき、一介の人間はこんな気持ちになるものかも知れない。
世良は恐る恐る立ち上がった。
踏みしめる足元が柔らか過ぎて転びそうだったが、実際、本当に卒倒しかけていたのだろう。室内がやたら広い所為もあったが、デスクまでの道程はやたらと長かった。どうにか手を伸ばし、上に載っている書類を適当に掴む。
申請書のようだった。
見たこともない商品名だったが、何かしらの設備の導入の為のものなのだろうということは、斜め読みしただけで分かった。
そして、最後のページにあった見慣れた癖字を目にした途端、意識が途切れた。
いや、知っていた。世良の頭の中には、20年分の記憶が間違いなくあった。「スリジエ・ハートセンターセンター長代理・世良雅志――そのサインをしたときのことすらまざまざと思い出せたのだから。
――夢の中で、声を限りに叫んで泣いていた気がした。
妙に寝心地の良いソファの感触に、またあの夢かと思った。
スリジエ・ハートセンターなんてものが存在する夢のような世界。
随分と久し振りだ。
「……悪趣味な……」
目が覚めれば、雪のように消えてなくなる儚い夢――
そのときの虚無を思うだけで、重苦しい気持ちになった。
以前は、いきなり意識がなくなったような記憶があるが、このまま目を瞑っていれば、何時の間にか朝になっているだろうか?
世良は、無理矢理に目を閉じた。
――早く眠ろう。明日も、色々遣ることがあったし……。
『きっと、来年の今頃には準備も整っていることでしょう。そうしたら、天城先生を迎えに行きなさい』
唐突に、高階の言葉が蘇った。
――迎えに、……行ける……?!
世良は飛び起きて、床に積み上げられた書類を引っ掴んだ。
「先生……。先生、先生、先生……!」
祈るような呼びかけを繰り返し、昏い部屋の中で書類の山を崩しながら、一枚一枚に目を凝らした。どれくらい、その作業を続けただろう。首筋が汗でぐっしょりと濡れた頃、議事録らしきものの中に彼の名前を見つけた。
2010年――今から、3年前……。
『我が儘ばっかり、言わないで下さい。仕事があるんです』
『仕事仕事仕事……、ジュノの頭の中には、スリジエのことしかないのか?』
ほんの数ヶ月前の、電話口での遣り取りが頭を掠めて、世良は震える手で携帯を拾い上げた。電話帳の一番上にある名前に、心臓がぐらついたような錯覚に陥る。議事録があるのだから大丈夫だと何度言い聞かせても、指は震えて指令に逆らった。
『明日も早いから夜中の電話は困ります、で一点張りのジュノが何の用だ?』
長い長いコールの果て、疾うに常識外れの回数に達していると知りながら、諦めて切ることも、耳を塞ぐことも出来ずにいた世良の脳内に、不機嫌そのものの声が響き渡った。息が止まるかと思った。
『……ジュノ?』
「本当に……」
震える声が言葉を紡ぐ。
――そうだと言って下さい。大丈夫だと、安心させて……。
「天城先生は生きてるんですか?!」
『何を……?』
――しまった……。
咄嗟に想いのままに口にしたが、こんな訳の分からない状態で話しても混乱させるだけだ。
慌てて誤魔化そうとしたとき、天城が言った。
『そうか、ノール・ジュノなんだな』
「ノール……?」
『1年程前、ジュノが『夢の中で、私が死んだ世界の北の病院の院長をしていた』と泣きながら電話をしてきた。ならば、そのジュノが此処に居ても良いはずだろう?』
あっさり事実を言い当てた天城に、世良は茫然とした。
「大丈夫だ。まだ、ファントムになった覚えはない」
宥めるような、労わるような温かい声だった。世良の喉が小さく引き攣れた。ぽたり、と滴が落ちたのが分かった。
「……あまぎ、せんせぇ……」
『心配するな。ちゃんと、此処に居る』
その低音を灼き付けるように、記憶して。堪えきれずに、声を上げて泣きじゃくりながら、ぷつりと視界が途絶えるのを自覚した。
「世良先生、しっかりして下さい!」
気付くと、世良の身体は大柄な男に抱きかかえられていた。寄りかかるように凭れた部分が温かい。というより、全身が冷え切っていて、歯の根が合わないほどに寒かった。
「今中先生?僕は……?」
「携帯を忘れたのに気付いて取りに戻ったら、世良先生が外で倒れてて……!大丈夫ですか?!具合が悪いんですか?」
必死で尋ねる今中を手で制す。きっと、『彼』が此処まで歩いて来たのだろう。あんな夢みたいな世界の住人がこんな絶望を味わったら、自殺くらい図ってもおかしくない。でも、そうすると、やっぱりあの時間は夢じゃないのかも知れない。
だとしたら――
「今中先生の願いは叶った?」
「え?」
「小松キクさんのお土産だよ。願いが叶う兎の砂糖菓子。あれを食べたとき、何を願った?」
「世良先生、それより早く中に……」
「大事なことなんだ。教えて!」
世良の剣幕に押されたものの、今中は瞬時迷うような表情を見せた。
「実は……、叶ったかどうかは分からないんです」
「何、それ?今中先生に恋人が出来ますように、じゃないの?――あんまり、出来てる気配は見られないけど」
「違うんです。でも、あの……、私が言ったってことは秘密にして下さいね」
「分かったから、早く教えてよ」
「私達はあのとき――」
今中の言葉に、世良は愕然とした。
「もう良いですか?早く歩いて下さい。このままじゃ、本当に身体壊しますよ」
肩を貸しながら立たせてくれる今中の為すがままになりながら、世良は小さく「ありがとう……」と呟いた。
件の神社のことは皆目見当がつかなかった。小松キクは昨年亡くなっており、家族に聞いて、そのときのツアーの旅行会社を紹介してもらったが、そんな神社はコース上になかったと言う。自由時間もあったので、そのときに一人で何処かに立ち寄ったのではないかという結論になった。生前、キクは良く孫娘の車で市民病院に来た。炭坑夫の夫と、周囲の反対を押し切って駆け落ち同然で極北に移り住み、3人の子供を育てたと話してくれたキクは、世良の前でも、孫娘にきちんと礼を言い、本当に良い子で自分は幸せ者だと褒めた。抗癌剤治療を拒否して自宅で迎えた臨終の場には、曾孫までが一族総出で看取りに駆け付け、一人ひとりに感謝の言葉を掛けながら逝く様子を、訪問診療に来た世良は目の当たりにした。もしかしたら、常に感謝の心を忘れなかったキクが、その大切さを人生の先輩として教えてくれたのかも知れなかった。
――優しい人に囲まれて、幸せな夢を見ていた気がした。
がたりと大きな振動があった。
かと思うと、寄りかかった側に強い重力がかかり、頭をがんがんとぶつけた。
「痛……」
「漸くお目覚めか、ジュノ?」
隣から聞こえた声に、耳を疑った。
この一連の入れ替わりがキクからの贈り物なら、何時かこんな日が来ることもあるかも知れないと思っていたが、余りにも不意打ちだった。せめて、ニース行きの飛行機辺りで目覚めて、心の準備をしたかった。
顔も上げられずに、目を伏せたまま現状を確認する。
遠い昔の記憶にあるヴェルデ・モトの内装は、それと全く変わっていなかった。
20年経っても廃車になっていないなんて、流石は天城自慢のガウディのフルチューン車だ。
「いや……、ノール・ジュノの方か?」
世良の様子がおかしいことに気付いたのか、天城がぽつりと呟いた。同時に、急ブレーキが切られ、前につんのめった。路上に駐車したらしい。もう良い年だというのに、運転の荒さも相変わらずだ。
世良は意を決して顔を上げた。同時に、運転席の男が振り向く。
――もう、一度だけ……、あの人に会わせて下さい!
決して成就しないはずのその願いが、こんな奇妙な形で叶っていた。
「ノール・ジュノなんだな?心配していたぞ。電話の声が余りにも辛そうだったからな」
良く良く見ればあちこちに重ねた年月が窺えたが、取り巻く雰囲気だけ見れば、世良が知っている彼と殆んど変わっていない。溌剌と話し、無邪気な表情を見せる。そこに確かな慈愛が感じ取れた。あの愚かな青二才は、多くの人から与えられたこういった掛け替えのない思いに、何一つ気付かずに生きてきたのだと思った。
潤む視界を懸命に押し止める。
『私が言ったってことは秘密にして下さいね』
口籠もりながら語ってくれた部下の言葉。
『私達は皆、『世良先生の願いが叶いますように』って言いながら食べたんです』
お人好しのスタッフ達。優しい患者。
そして、悪戦苦闘する世良を見守り、そっと手を差し伸べてくれる人々――
「大丈夫です。僕は、不器用だけど温かい人達に囲まれてちゃんとやっていますから」
背筋を伸ばし、涙を飲み込み、真正面から彼の目を見て、はっきりと伝える。
「貴方という大きなピースを失くして、スリジエの部分にはぽっかりと大きな穴が空きました。けれど、僕は今もパズルを続けています。そこには何時か、満開の花が描けるはずなんです」
もし、あの北の病院に辿り着くことがなければ、世良はきっと、天城の前で大泣きする無様な姿を曝していたことだろう。勿論、今だってそうしたい。
――辛い。苦しい。自分は一人ぼっちだ。ずっと此処に、貴方の傍に居たい。戻りたくない。
そう言って、泣き喚きたい。
だが、そうして天城に心配を掛けることを良しとしないのは、世良のプライドであり、矜持でもあった。
そんなことをしたら、元の世界に戻ったときに絶対後悔するし、惨めな気持ちになる。それは、この機会を与えてくれた小松キクに対しても、再建請負人である自分を支えてくれている人々に対しても申し訳ないことだった。
「だから、心配しないで下さい」
言い切った世良に目を見張っていた天城は、ふっと笑った。
その表情は、世良が大好きだった人そのもので、再び涙を堪えなければならなかった。
「ああ、やっぱりジュノだ。私のジュノ」
その言葉を噛み締める間もなく、天城の腕が世良を包んだ。
懐かしい体温。それにばかりは、流石に抗えなかった。
世良はその背を抱き締め返し、顔を見られてないのを良いことに、顔をぐしゃぐしゃにして涙を落とした。
ミスチルの「pieces」を聴く度に院長を思い出して何時か歌詞を使いたかったので、今回院長の台詞に織り込んでみました。
ラスト、先生に甘えて終わるエンドも考えたのですが、極ラプ3周年だから、あの未来を否定する展開は嫌だな、と思ってこっちにしました。で、そんな強がる世良ちゃんの気持ちを分かった上で、自分から抱き付く先生っていう。闇落ちエンドは別構想があるので、そっちで書く(闇落ちかよ…)大分昔から温めてて、ミラクルに説明が必要だったんで何が良いかずっと悩んで書き出せなかったんだけど、今回と同じで良いじゃん、となった←
「玉兎」は実在しますが、こんな霊験あらたかな菓子ではありません(当り前)
入れ替わった先の世界の記憶がある、というのは、いちいちそこを把握する描写を書くのが面倒臭かったからなんですが、分かりにくくなってしまって反省。入れ替わった直後は向こうの世界のことの方が鮮明で、ちゃんと考えるとこっちの世界のことも思い出せる、くらいのイメージ。ハピエン世良ちゃんの1回目の入れ替わりを端折ったのも余り良くなかったかな?でも、殆んど2回目と同じだから面倒だったんだよぅ。
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