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テレビ先生の隠れ家
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プロフィール
HN:
藍河 縹
性別:
女性
自己紹介:
極北市民病院の院長がとにかく好き。
原作・ドラマ問わず、スワンを溺愛。
桜宮サーガは単行本は基本読了済。
連載・短編はかなり怪しい。
眼鏡・白衣・変人は萌えの3種の神器。
雪国在住。大型犬と炭水化物が好き。
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ゆちゃPの「チェックメイト」で1本。微弱なスラムンネタバレ有り。

拍手[5回]



「さあ、始めようか。ジュノ」
 真っ白な空間に置かれた、豪奢なテーブルと二脚の椅子。
 そこに悠々と腰掛けた男が手招く。
 テーブルの上には、駒の配置されたチェス盤があった。
 ――誰、だっけ……?
 はっとする程に端正な顔の男だが、頭の中に靄がかかったように何も思い出せなかった。
 自分の名前も、このゲームが出来るのかも、何の為に此処に居るのかも――
 ただ、促されるままに示された席に座り、駒を動かし始めた。


「どうしても行くんだね?」
 哀しげな恩師の言葉を振り切るように、世良は大きく頷いた。
「行きます。俺にはやらなきゃいけないことがあるんです」
「だからって、こんなに急じゃなくても良いのに。皆、寂しがるよ」
「島の皆さんには、久世先生からよろしく伝えてください――本当に、お世話になりました。いつか必ず、このご恩をお返しするつもりです」
 それは偽りではなかった。この島に来ることがなければ、世良は自らの愚かさに対する自己嫌悪と、夢を打ち砕かれた喪失感で、生きる気力さえ失ったままだっただろうと思う。そんな世良に必要以上に踏み込むことなく、それで居て包み込むように見守ってくれたのが、久世を始めとする神威島の人々だった。
 子供に熱が出たと聞けば、吹雪の中でも島の反対側にまで往診に出かける久世と、感謝の気持ちに庭先で採った心尽くしの野菜を届けてくれる住人達――最先端医療と救命効率を追及し続ける大学病院の中では決して見られない、そんな思いやりのある交流は知らず、世良の心を開かせた。
 それでも、その安穏と凪いだ日々に、世良が止まることは出来なかった。
 突然向き合うことになった開腹手術は、かつての日々に世良を立ち返らせ、同時に、成すべきことを突き付けた。
 その脳裏には、真っ白な空間が幾度もフラッシュバックしていた――


「成程。せせこましく地道な進軍などやっていられない、ということか」
 業を煮やして奇襲をかけたら、男は心底楽しそうに追撃に回り始めた。
 一瞬優勢になったように見えたが、あっという間に陣形は崩されていく。
「チェックメイト」
 ことりと置かれたナイトに、思わず息を飲んだ。
「……」
 気が付くと、自陣は完全に打つ手がなくなっていた。
「どうした、ジュノ。そんなことでは、願いなど叶えられないぞ」
 ――願いって何だよ?
 相変わらず、何も思い出すことは出来なかった。


「食べたいものを食べて、楽に楽しく過ごして、何かあったら全部医療に任せるなんて、高齢化の進む現代では贅沢です。食生活を改善して、適度な運動をして、生活習慣病を減らせば結果的に医療費は大幅に削減出来るんです」
「君もいい加減しつこいな。予防医療なんて地味で面倒なことをしなくても、立派な病院を造れば、患者も医者も集まる。それが私の医療改革の目玉だ」
 こちらの意見を総スルーされた上に、頭ごなしに持論を突きつけられ、かっと頭に血が上った。
 ――真っ白の部屋が一瞬、記憶の中に浮かび上がる。
「確かに、市長は、ご自身からして予防医療にはご理解いただけていないようですしね」
 僅かな間の後、佐多根市長・吉村直彦はその挑発に、たっぷりとした身体を震わせて怒り始めた。
「何だ、その言い方は?!君は合併前の町長のお気に入りだったらしいが、今の市長は私だ。言う通りに出来ないなら、代わりなんて幾らでも居るんだぞ!」
「ご自由になさって下さい。何の手も打たず、湯水のように浪費を続ける社会に未来はありません。そして、貴方達は、その予算が干からびたときには、必ず医療にツケを回す。間抜けな行政の尻拭い役なんて、此方から御免被ります」
「この恩知らずめ!前町長が是非にと言うから、大した業績もない君に特別に所長をやらせたんだ。私の方針に従えないなら、出て行ってもらおう」
「その方がお互いのためのようですね」


「キングの守りが手薄だな」
 しまったと思ったときには、ナイトが動いていた。
「チェックメイト」
 途中までは、順調に圧していたのに、と頭を抱えてしまう。
「最近は少し、キングを蔑ろにしているように見える」
 再び、駒を並べ直しながら、男は微かな笑みを浮かべた。
 指先まで綺麗なその姿に一瞬目を奪われる。
「確かに、無能なキングは厄介だが、そのキングにまで不要扱いされては困るだろう?」
 しかし、唇から零れた音は酷くシビアな響きで、思わず小さく息を飲んだ。


「再建の可能性は百パーセント。その自信がなければ依頼は受けない」
 言い切る世良をざわめきが包んだ。
 目映いフラッシュが幾度となく光る。
 神威島を出た世良が向かったのは、信州の山奥の小さな村だった。
 そこで学んだのが、地方医療の核となる考え方になる。
 ――やっと、此処まで来た。
 持ち上げた後は突き落とされるだけの茶番だと知ってはいても。
 あの桜の名を持つ街で、悠々と光の道を歩きながら新しい医療の可能性を語った男。
 その姿は今も世良の目に灼き付き、残像を甦らせる。
 ――僕は、此処に居る……!
 無残に引き抜かれた桜の苗木。
 その全てを見届けた人間がこうして存在していること。
 それを知らしめる以外に、世良に出来ることはなかった。
 ――それ、以外には……。
 煌めかせた刃物の軌跡で人を救う技も。
 響めかせた引力の奇跡で人を掬う術も。
 そのどちらも、世良の手の中にはなかった。
 手の中に受け継いだ灯火すら、何れは失われるものだと疾うに知っていて。
 どんなに望んでも、自分はあの人にはなれない――


「チェックメイト」
 もう何百回目になるだろう。
 この言葉を発するとき、彼は必ずナイトの駒を手にしている。
 そんなことに拘れるほど余裕があるのだろう。
 気付いてしまうと、とんでもない実力差に愕然とする。
 到底敵うとも思えない、のに――
「もう1回お願いします」
 我に返ると、盤上を崩し、駒を配置している。
「ジュノ、最近根を詰め過ぎだ。このままではもたなくなるぞ」
 同じように駒を並べ直しながら、向かいに座った男が言う。
 だとしても、このまま負けを認めてしまう訳にはいかない――


「介護老人保健施設、ですか……」
 世良の出した書類を、極北市市長・益村秀人は驚きを隠せずに見ていた。
「市民病院は、殆んど機能していない、と先日の市議会でも言われていましたね。けれど、現在の極北に必要なのは、従来の治療する医療ではありません。むしろ、そんな不要なものばかり提供していたから潰れたんです」
 唯一の部下である今中を伴い、市長室を訪れた世良が出したのは、微に入り細にわたって企画された、病院と老人ホームの中間的な施設として市民病院の一部を使用するための計画書だった。
 医師による医学的な管理の下、作業療法士や理学療法士などによるリハビリテーションや、食事療法によって介護レベルを下げて自宅で生活出来るようにすることを目的とした「老健」を行いたいとの提案である。
「収入面を考えたら、入院させたままにした方が潤うのでは?」
「それはその通りです。けれど、高齢者の生活の質という面を考えたときには、入院したままより、周囲の人達の手を借りながらご自宅で暮らす方が良いという方が多いでしょう――そう思われませんか?」
「私もそうは思います。けれど、市議会が何て言うか……」
「人材に関しても、考えがあります。専門家ではなく、主婦やアルバイトを起用するんです。責任とやりがいのある仕事を任せ、能力に応じて報酬を与えれば、彼らはきちんとした戦力になっていきます」
「それも、話してみますが……」
「お願いします。それでは、今日はこの辺で……」
 立ち上がった瞬間、ぐらりと視界が回った。
「世良先生?!」
 隣の今中の声に、何いきなり、と返そうとしたが、言葉は出なかった。
 彼らに、こんな姿を見せる訳にはいかない、のに。
 身体に力が入らない――


「だから、言っただろう。このままではもたなくなる、とな」
 盤上を睨み付けていたら、ふっと額に何かが触れた。
 軽く目線を上げると、向かいから腕が伸びていたのに呆然とする。
「あ、あの……」
 あわあわと口を開くと、何かを言いたそうな表情がふっと視線を外した。
「貴方は……、誰なんですか……?」
 思わず、ずっと聞きたかったことが口の端から零れた。
「それを知って、どうする?」
「それは……」
 ――こんなにしてまで貴方を望む理由が知りたいんです……。


「過去を後悔する必要はない。これから先も、世良君は自分の信じる道を行けばいいんだから」
 肩に置かれた手はとても温かかった。
 長く忘れていた温度。
 人の手は、こんなに優しいものだっただろうか?
 ――世良君は、ここに来て救われたのではない。救われていたからここに来て、新しい世界に行けたんだ。
 あんなに突然、この地を切り捨てた自分を。
 深く受け入れて、全て肯定し、重荷を下ろすことを許してくれた。
 きっと世良の傍にはずっと、こんな人達が居たのだ。
 守ってくれた人も、心配してくれた人も、幸せを望んでくれた人も――
 ――ジュノ……。
 何より、あの人は本当に何時だって、子供みたいに無邪気に、貴族みたいに優雅に、ひとつ星のように煌びやかに、想いをくれた。
 まだ若かった自分は、あんなきらきらしたものが自分の手の中にある意味が良く分かっていなかった。
 周囲は彼を見て、一様に目を逸らす。
 中には、そんな者に深く関わるべきではないと忠告する人も居た。
 その言葉に従うことも出来ず、かといって、その想いに向き合うことも出来ず、迷って流されてばかりいるうちに、何時の間にか、それは手の平から零れ落ちてしまった。
 慌てて探して、追って。
 彼の想いが描いた光の尾に、初めて手を伸ばせた、その瞬間――
 ひとつ星がもう、何処にもないことを知った。
 そして、世良は心を閉じた。
 自分に向けられる人々の想いから遠ざかり、逃げ続けた。
 自業自得の愚かな青二才の姿を、これ以上曝していたくはなかった。
 ――こんな自分じゃなくて、もっと違う人間になりたい。出来るなら、あの人のように……。
 そんな詮無いことばかりを願い、この国中を這いずり回った自分の内側に、蓋をし、封印していたものが唐突に溢れ出した。
『どんなにグズでも、ジュノは一番の部下だからな』
 硬く押し込め、目を逸らし続けてきたそこにあったのは、惜しみない愛情だった――
「天城、先生……」
 もう何百、何千回と繰り返してきた激しい後悔を味わいながら、その中に、これまで一度も触れたことのない想いを感じて、世良は激しく泣き崩れた。


 思わず指を止めたら、すかさず、歌うような声が降ってきた。
「どうした、ジュノ。遠慮しなくて良いぞ」
「あ、ええと……」
 世良はぎこちない動作でポーンの駒を掴んで、小さく付け加えた。
「……チェックメイト、です」
「ああ」
 どちらが勝ったのかは分からないような満足そうな表情を向けられ、戸惑ってしまう。
「……あの、それで……、俺の『願い』って、結局何なんですか……?」
 これで、疑問が解け、全てが終わる――
 ふっと胸の奥に感じた寂しさに目を瞑って尋ねた。
「願い?何を言っているんだ?1勝6569敗だ――これをひっくり返さない限り、勝利になる訳がないだろう」
「ろ、ろくせん……?!」
 何時の間にか、そんなにも長い間、このゲームをやり続けていたのかと世良は呆然とした。
「さあ、続けようか。ジュノ」
 一体、これからもどれほど負け続けなければならないのだろう。
 それでも――
「はい!」
 一度、勝つことが出来たのなら。
 遠くない未来には、きっと……。
 そして、まだ当分、彼とこのゲームを続けることが出来ることが何より嬉しかった。


この曲を最初に聴いたとき、天城先生と夜な夜なチェスを打ち続けるスリジエ後の世良ちゃんってお話が浮かびまして。
神威島の部分以外は、村上先生の経歴を元に捏造してます。これが私の世良ちゃん史です。某市市長とのやり取りが彦根臭いですが、若い頃にはこんな風に危なっかしかった時代もあるってことで。
天城先生は本物で、世良ちゃんの願いは「先生にもう一度会うこと」で、勝利した暁には全て思い出して、先生とずっと一緒に居られるっていうのをイメージしてたんですが、あえてSS内では明記してないので、ご自由に想像していただければ、と(コラ)
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